大人の自由研究所

大人だって分からないことありますし。引き出しの多い大人を目指します。

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昆虫は気持ち悪いのか ジャポニカ学習帳のニュース

もうボロボロになっていますが、手元に東海大学出版会のフィールド図鑑シリーズがあります。

小学生の時はこのフィールド図鑑をもっていろんな生物を探しに、油壺だとかそこいらの野原に行くのが楽しみでした。

今ページを開いてみると、読めない漢字にルビをふって必死に書いてあることを分かろうとした形跡があって、夢中になってたんだなあと懐かしくなりました。親は面倒だったかもしれないけど。

今もそうですけどね、当時はあらゆることが不思議で、木が体を揺らすから風が起きると思っていたし、雲は頑張って前に進むんだと思ってました。

そういう僕を心配したんでしょう、うちの父親がこの図鑑を1冊、また1冊と買い与えてくれたわけです。

その中でも好きだったのは、「海水魚」と「海岸動物」。それから「昆虫」。海の生物が好きだったんですが、油壺とか横須賀とかに行かないと海がなかったので、当時の横浜には野原がたくさんあって、そこで大活躍していたのは「昆虫」です。

 

海水魚 (フィールド図鑑)

海水魚 (フィールド図鑑)

 

 

 

海岸動物 (フィールド図鑑)

海岸動物 (フィールド図鑑)

 

 

 

昆虫 (フィールド図鑑)

昆虫 (フィールド図鑑)

 

 Amazonで画像検索したらすでに「昆虫」は画像も出てこないですね。

 

僕の親も含めて、当時の大人たちが昆虫を気味悪がってなかったかというとそういうこともなく、僕が虫カゴいっぱいに集めてきたバッタやセミなんかをやっぱりうちの母親は気味悪がって、早く逃がしなさいって怒鳴ってましたし。

バッタはなんか口から黄色いのを出して、自分でそれにまみれて飛べなくなったりするんですよね。だから捕まえると、もうその時点で殺すことになるんですけども。当時もなんとも思ってなかったわけじゃなくて、死んじゃったらどんよりはしてたんですけど。

でもやっぱり野っぱらにいくと、チキチキ飛んでいくバッタを夢中で追っかけたりして、捕まえると図鑑をバッと開いて、これはショウリョウバッタだと同定するわけです。今から考えるとなにが面白かったのか、飽きずにやってました。

 

Yahooニュースで、ジャポニカ学習帳から昆虫が消えた理由というニュースがありました。


Yahoo!ニュース - 子供たちに愛され12億冊「ジャポニカ学習帳」破れかぶれの昼メロCMが大当たり (産経新聞)

 

気持ち悪いのかと言われれば、大人になった僕は、カマドウマがいるだけで悲鳴をあげます。クモも手で捕まえられないです。やっぱり気持ち悪いと思います。

でも。でもですね、公園中のセミを全部とってやろうとか、バケツいっぱいのイモリだとかザリガニとってやろうとか、小さい時にしか考えつかないし、小さい時にしかできないことです。

だから親や先生は可能性、もしかしたら昆虫や他の生き物で身を立てていく可能性を摘まないほうがいいんじゃないかと思うんです。

子どもがどこで何に関心を持つのか、それはある程度大人が形作るものですし、悪い方に行ったらこっちだよって導いてやる必要もあります。

それでもたとえば学習ノートでも、こういう生き物がいるのかっていう小さい興味の芽を大人が摘んでしまうのはちょっとなあって思いますよね。テニスが強い選手が出てくればテニスをやらせる人多くいますが、昆虫に興味があるならそれを伸ばしてやるのでもテニスやらせるのと同じくらい子どもにとっては大事なことなんじゃ。

大人になれば、小さい時に思っていた何にでもなれる、無限の可能性が広がっているというのはウソだってわかってるんですが、子どもの関心の幅をよりによって大人が狭めるようなことはしちゃいけないんじゃないでしょうかね。

だから気持ち悪いと思うかもしれないけれど、自分が許容できないことをクレーム入れてまでやめさせてはいけない、そういうことです。